ごゆっくり
近所に住むお婆さんが座っていた。僕はこのお婆さんを嫌いではない。シャレた服を着ているわけでもなければ育ちの良い話し方をするわけでもなく、田舎ならどこにでも居そうな小柄なお婆さんである。僕が中学生の頃、学校の小使いさんとして住み込みで働いていたそうだが、小使いさんがいたことは憶えているが、このお婆さんだったという記憶は無い。
嫁いだ先で病気になり、たった一人きりの娘さんと共にその家を出されたのだと母親に聞いたことがある。必死だったとお婆さんが語ったこともある。つい先年、お孫さんを事故で亡くした時には体調を崩したが、やっと元気になられて我が家にも顔を出すようになった。とても穏やかなお婆さんである。どこから見ても、そんな苦労を感じさせない温もりがある。育ちばかりではなく素直さや明るさを隠せない性を持って生まれたのであろうといつも思う。
「ごゆっくり・・・」
僕はそう言って家を出た。途中、コンビニに立ち寄ると、店の前には、穿いているのが当り前らしいが、スカートの中のジャージ風の短いパンツを丸見えにした女子高生三人がしゃがんで携帯をしていた。いやらしい眼つきをしたつもりはないが、三人の視線は明らかに威嚇的に投げられてきた。その顔を見て思った。何がそんなに不満なのだと。ほつれもつぎはぎも無い綺麗な制服を着て、おまけに何万もする携帯まで与えられて何がそんなに不満なのだと。両親には申し訳なく思うが、好奇心などは微塵も無い狭量で卑俗さを露にした顔をして、これから先どうやって生きていくのだろうと。確かに僕も同じ年頃の頃、何が気に入らなくてそんな顔ばかりしているのだとよく叱られた。しかし人前で、それも見も知らぬ人に向けた憶えは自分ではない。幸いな事に、ズボンもスカートもみんなテカテカに光ってはいたが、不満と同じくらいに太陽も輝いていた。
夕方、テーブルの上にビールを見つけた。お婆さんがお茶のお礼にとわざわざ持ってきたのだと言う。八十半ば過ぎのお婆さんが持ってくるにしては重かっただろうと思う。何か珍しい菓子でもネットで取り寄せて届けようと思ったが、どことなく自惚れているような気がしてやめた。お婆さんが知っている街中の饅頭が好いだろうと、少ない店をあれこれ思いあぐねながらビールを口にした。
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