お爺さんの腰
どじょうを飼っていると言う。耳元で軽快に鳴る鋏の音を聞きながら、食うんですか、と聞くと、食うわけないじゃ、どんな風に産卵するのか面白いから調べてるんだよ、と笑いながらもう少し傾けろと頭を押す。僕は東京にいる頃、よく食いに行きましたよ、と目を瞑ったまま言うと、あんなものよく食う気になるね、と尖ったように言う。こっちは海があるせいか食べる習慣が無かったですよね、と初めて食べたあの日を思い出しながら返事をした。
茨城の親戚の家に一人で泊まったときには、まだ小学生だった。その日の朝、お爺さんに呼ばれて自転車の大きな荷台に乗せられて行くと、コンクリートの池から網で何かを掬い上げた。それをビニール袋に入れて輪ゴムで縛ると、持っていろと渡された。目の前にぶら下げると、うじゃうじゃとどじょうがいた。お爺さんは金を払うと、気味悪そうに見つめている僕を荷台に持ち上げて勢いよく走り出した。寡黙なお爺さんだった。家に着いて台所に立つと、面白いものを見せてやると言った。水の入った大きな鍋の真ん中に豆腐が一丁鎮座していた。その中に、洗ったどじょうを生きたまま放り込んで火をつけた。僕が背伸びをするように覗き込んでいると、お爺さんは、そろそろだと言って僕の顔が鍋の真上にくるように抱き上げた。突然暴れだしたどじょうは、キュッキュと鳴き出して豆腐の中に次から次へと潜り込んで行った。どうだ、面白いだろ、と僕の顔に髭面を近づけて言った。僕は目玉が飛び出るほどに驚いて、うん、うん、と頭を上下した。
その日の朝御飯によばれた僕は更に驚いた。さっきの豆腐とどじょうが味噌汁になって出されたからで、驚いたというよりも泣きたいくらいだった。まさか、あれを食べるなんて思いもしなかった。人様の家では好き嫌いを言うんじゃないよ、と口が酸っぱくなるほど言われたことが思い起こされて、僕は俯いたまま押し黙ってしまった。それに気づいたおばさんが、お爺さん、可哀そうにあんなものを見せるからだよと笑った。
翌朝、僕は寝小便をした。恥ずかしさよりもどうしたらいいのか戸惑ってしまい、二階の廊下でグズグズと泣いていると、気づいたお爺さんが近寄ってきて、「泣くな、泣くな。誰にも言わないから心配するなよ。俺が悪かったんだ、もうどじょうは食わせないから大丈夫だよ」と風呂場へ連れて行き、濡れた僕のパンツを手でゴシゴシと洗ってくれた。それから僕が帰る前日まで、近所のどこの家庭でも食べているというどじょうの味噌汁が食卓に上がることはなかった。しかし僕は、母親に叱られるのも嫌だったし、どじょうが大好きだというお爺さんにも悪い気がして、汁だけなら何とか飲めるかもしれないとお爺さんに言ってみた。
母親が迎えに来る当日の朝早く、僕は自転車の荷台に跨り、お爺さんの腰をしっかりと抱きしめていた。
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コメント
ええ、東京で働いていた頃は、粋にかこつけて駒形へ食べに行ったりしましね。
美味かったな、山盛りのネギを乗せたどじょう鍋。
もう何十年も食べてないです。
確かにこちらではどじょうは食べませんねえ~。
親に聞いても、食べた記憶がないそうです。
ちなみに、耳にするかと思いますが、最近出回っているあの金目鯛、あれは子供の頃はあまり食べませんでした。
あんな金魚みたいな深海魚の赤いオトトは、誰に聞いても一様に 食べなかったなあ と言いますよ。
我が家では、今でもあまり食べません。
今、こちらの旬はイサキ、タカベ、初鰹でしょうか・・・鯵は年中あります。
しかし、どじょうが無い。鯉も食べない。
ああ、どじょう鍋が食いたいなあ~。勿論、酒もね!それと横に・・・
投稿: sakura 様 | 2009年6月19日 (金) 09時40分
こちらのドジョウは醤油の中で泳ぎます(笑)
豆腐、たまねぎとにら、ごぼうのささがき。
最後に卵を回しいれ、完成です。
moribinさんの所はわざわざドジョウなんか食べなくても
高級魚が沢山おありでしょうから
うらやましい限りです。
可愛いトラウマをお持ちでしたのに
東京では食べたのですね(笑)
ドジョウは、小骨が気になるので好んで食べませんが
作るのは得意です。
明らかにドSでしょうか・・・
飲兵衛の父が好きだったのでね。
ここ何年も食べていません。
風待ちさん・・・元気そうでなによりです。
そう、ドジョウは冷たさを求めて豆腐のもとへ行くのです。
あの泣き声が・・・
なんとも言えないんですけどね。
投稿: sakura | 2009年6月19日 (金) 08時47分
ありゃま・・・確か細身の美しい女性、そのくせ大食いの、そのまた才気ある小生意気なあの方ですね!
駄目ですよ、こんなとこに寄るようでは・・
後でちゃんと伺いますね!
投稿: 風待ち 様 | 2009年6月18日 (木) 20時38分
お久しぶりです。
どじょう、私の故郷では、蒲焼きが名産です。
でも、味噌汁は食べたことがありません。
祖母が生きている頃、どじょうが好きで、上京しても、よく買っては煮ていました。
近所の人などは、どじょうが好きだというと、みな一様に驚いていましたね。
私は、蒲焼きなら食べられますが、煮たのとか味噌汁はやはりたじろぎます(^^;;
どじょうは、豆腐の中が冷たいかもしれないと思って、もぐりこむのでしょうか?
私の新しい棲み処です(笑
http://kazematic.exblog.jp/
投稿: 風待ち | 2009年6月18日 (木) 14時51分